深く暗い海底に沈み

精神的に落ち込んだときの記録

2019-01-01から1年間の記事一覧

裸で産み落とされた

裸で産み落とされたわたしの役目は服を着た人々の手を温めること心を温めたのは街ですれ違う多くの人々身体に熱い血が流れている暖かいと言う人がいてくれるありがとう ありがとう ありがとう役目のないわたしさようなら裸で産み落とされたわたしの願いは服…

応えられるだけの僕を について

ものすごく短いこの話は、ただひたすらに生きたいと願う気持ちを込めて書きました。決して一人ではないのだと、言い聞かせることによって、関係性の中での責任やら使命やらを、無理矢理にでも作り出そうとしていたのだと思います。目を通していただけますと…

応えられるだけの僕を

永久歯が生え揃う少し前、僕は林檎の皮を剥くことができるようになった。手慣れた人がやるような鮮やかさを見せることはできなかったけれど、おじいさんの入院する部屋で、僕は人生で初めて林檎の皮を剥いた。だからおじいさんが僕の剥いた林檎を食べてくれ…

景色をともに について

この物語は真夏の陽射しが差し込む、爽やかな朝の図書館で書きました。ネットさえあれば人と繋がれる今、繋がれなくなることは、どのような意味を持つのか、そんなことを考えながら書きました。連絡が途絶えることは、関係の終焉を意味するのか、はたまた、…

景色をともに 10

ぼくは図書館にいて、ガラス向こうの夏の終わりの陽ざしを浴びる木々が風に吹かれてゆらめいているのを見ながら、木と木をつなぐ、たった一本のくもの糸を見つけた。それは木々が揺れるたびに光を反射し現れてはまた消え、目を凝らしても光の助けがないとぼ…

景色をともに 9

週末、ぼくは電車にゆられて街へ出た。額からあふれる汗をタオル地のハンカチで拭いながら、かをりさんが待ち合わせ場所に指定したカフェを目指した。「新一さん、今日何してる?」 今朝、かをりさんから電話を受けた。 学外でかをりさんに会うのは初めての…

景色をともに 8

眠りは遠く、ぼくは間接照明を眺めながら、見えなくなる、という、かをりさんの言葉を思い出した。かをりさんが今まで付き合ってきた男性はみんな、どこか遠くへ旅に出て、誰一人戻ってきたことはないのだと言った。いつもと変わらない表情のまま、変わらな…

景色をともに 7

その週の金曜日、女性は言った。「彼はね、虹が好きなんだって」「虹…ですか?」「そう、虹。全く透明で見えなかったものが突然現れるのを見るのが好きなんだって言ってたわ」 女性は、人差し指と親指でアーチを描いた。「新一さん、虹は好き?」 女性は言っ…

景色をともに 6

次の日もその次の日も、女性がビール瓶を持ってやって来た。せみの輪唱を聴きながら眠ることはなかった。短いとわかった生命の歌声は、それだけで荘厳な舞台を作った。その舞台の空気を揺らすことなく、女性はしずかに腰をおろした。視線を交わすだけで声は…

景色をともに 5

週明け、ぼくはキッチンペーパーを敷いたタッパーにいちごを並べ、大学に持って行った。 お昼の時間、嬉々としていちご色に染まった姪の姿をみつめながらお弁当を食べた。「彼の友人さんですか?」 プチトマトを拭いているときに、女性の声が耳に届いた。そ…

景色をともに 4

いちご摘むから送ろうか、という母の電話を受けてぼくは、来週末帰るよ、と伝えた。 バスに三時間ほどゆられて実家に帰ると、玄関で四歳の姪が、赤くて光沢のある長靴に足をいれようとしていた。「あ!しんにいだ!」 と言って立ち上がり、「しんにいもいち…

景色をともに 3

木の陰が長く濃くなってきたある日、目をさますと隣に彼が座っていた。わきにビール瓶を置いて本を読んでいた。ぼくは何かわるいことをしたような気がして急いで立ち上がって授業に行こうとした。すると彼は、「どこの出身ですか」 と聞いた。ぼくはおどろき…

景色をともに 2

入学したばかりの頃、ぼくは大学の中庭のベンチに腰かけ、ことりがさえずるのに耳を傾けながらお弁当を食べることが多かった。 流れる雲のはやい日、ことりはいつもより賑やかにみえた。鳴らない口笛は風に運ばれた。彼らがさえずるような軽快さを、ぼくは持…

景色をともに 1

ぼくが見ている景色を彼にも見てほしいと願い、それを写真に収めることはおそろしく簡単なことではあるけれど、どうしてそれを見てほしかったのかと問われればそこにこたえはなく、ぼくはただそのときの陽の照りぐあいや吹きつける風の向きなどを思い出しな…

すみか について

この物語は、私がアイルランドにいたときの景色を思い返しながら書きました。朝の陽光はとても清々しく、川に反射する光は、それ自体よりも神聖なものに見えました。景色の美しさを書きたいがために、登場人物たちがとても朧げな存在になり、抽象的でまとま…

すみか 7

「今日もその池には行くのですか?」「はい、毎日行ってますから」 彼女の頬は赤らんで桃のようになっていた。「一緒に行きませんか?」 彼女は言った。 私が頷くと、彼女も少しだけ頬を持ち上げて頷いた。空になった私のグラスを持って彼女は席を立った。 …

すみか 6

二階の窓から見える橋の上で、綿菓子を乗せたような髪をしたおじさんを、学校帰りなのかリュックを背負ったたくさんの子どもたちが取り囲んでいた。おじさんはその髪に手を入れては小さくてカラフルなものを取り出し、子供たちに手渡した。膝立ちをしている…

すみか 5

私は飲み終えたグラスを返し、二杯目を頼んだ。彼女はそれを注ぎながら、「一緒に飲みませんか?」 と言った。 少しの酔いを感じる頭で描いた世界に彼女が登場したことが、私を二杯目へと導いたのは確かだった。私はそれでも、「お仕事は…」 と口にした。「…

すみか 4

街には大きな川が流れていた。街を分断するように街の中心を流れていた。川には鉄橋が架けられており、通勤、通学、散歩、ジョギング、あらゆる人々がその橋を渡った。橋の中程から川を眺めれば、その先には昇る太陽を見ることができた。人々はけれど太陽を…

すみか 3

パブから足が遠のいて数週間が経ち、春休みに入った。家とバイト先を行き来する生活が続いた。 ある日、駅に向かうバイトの帰り道、地下に続くパブの階段の横を通り過ぎると、口の中にほろ苦いものを感じた。私は渇きを感じながら階段を降り、戸を押し開けた…

すみか 2

彼女が働くパブは駅前の地下にあり、三ヶ月ほど一緒にいた彼とよく足を運んでいた。彼はギネスのパイントを、そして私はそのハーフを頼んだ。いつもそうだった。彼はよく喋った。私は彼のよく動く唇をずっと眺めていた。息継ぎをするようにグラスに口をつけ…

すみか 1

目を覚ますと、一条の陽の光が部屋に入り込んでいた。薄暗い部屋の中でそれは自らの役割を凛と果たしているように見えた。私はだから頬をくすぐる髪の毛を耳にかけながら、その光の中を歩いてカーテンを開いた。すぐに目に力が入るのを認めたけれど、近くを…

遠ざけて遠くに眠るについて

この物語は、私が一人暮らしをしていた頃に住んでいた場所を思い返しながら書きました。何も決めず、ただ目の前に見えた景色を描写するところから始めましたが、不思議なことに、書き始めてみると、綾という女性がそこには存在していて、その女性を追いかけ…

みしお について

この物語は、突如として頭に現れた、みしお という名前から、想像力を膨らませて書きました。みしお という女性?女の子?は、私の頭の片隅でずっと生きてきたように、なまなましく存在している気がしました。名は体を表す、と言われますが、私自身がそうで…

みしお 4

二時五十分。 ズボンも下ろさずそのまま便座に腰掛けた。少し、温かい。勢いをつけ起き上がったことで、また頭がくらくらとする。ここで眠ってしまってもいいか、そう思った。「奏太じゃん」 独り言ちた。 このまま寝てしまえばお母さんが起こしに来てくれる…

みしお 3

奏太が分割睡眠とやらの言葉をどこかから引っ張り出してきて、それを始めたのはもう二ヶ月も前のことだろうと思う。 奏太は私より少し、背が高い。けれどもそれは百六十を少し超えたくらいだ。奏太はだから二十二時から二時の睡眠を大事にしている。それ以外…

みしお 2

ウイスキーの味というものは全く分からない。今まで数種類飲んだことはあるけれど、どれも似たような味でまだまだその深層を覗くには至っていない。これからも恐らくないだろうと思う。私はでもお湯わりが好きだ。飲むため口元に近づけ目を閉じる。すると香…

みしお 1

階段で躓いた。 そんな気がして目が覚めた。 ああ、この感じ。 私は布団を持ち上げることなくベッドから体を滑り落とした。つきたてのお餅のようにのっそりと。落ちてからは冷ますまいと小走りでトイレへと向かった。低温やけど注意と書かれた便座に腰を落ち…

月明かりについて

これもまた、子に還る迷子、と同様に、夢に見た景色から書き始めました。夢の中で、一人の男性が重い足取りで歩みを進める姿を見ました。それを書いてみて、目を閉じてみると、私自身があたかも彼であるように、目の前に景色が広がり、物語に巻き込まれる形…

子に還る迷子について

希死願望が頭をもたげ、外出することが難しくなったときに、思いを残すことを目的に書きました。誰かに読んでもらうために書き始めたわけではありません。自らの思いを言葉にすることに、少なからず救済を求めていたからだと思います。不規則な睡眠の中で、…