深く暗い海底に沈み

精神的に落ち込んだときの記録

みしお 3

 奏太が分割睡眠とやらの言葉をどこかから引っ張り出してきて、それを始めたのはもう二ヶ月も前のことだろうと思う。

 奏太は私より少し、背が高い。けれどもそれは百六十を少し超えたくらいだ。奏太はだから二十二時から二時の睡眠を大事にしている。それ以外は疲れさえ取れればなんだっていいらしい。果たして身長は伸びるだろうか。目に見える形で努力の結果が出るのであれば、その努力は全て報われてほしいと思う。

 分割睡眠。奏太は二時に起きて、一時間ほど勉強してからまた寝ているらしい。私は奏太がそれを始める前から、二時前後には一度トイレに目を覚ますことが多かった。それからまたベッドに潜り込み目を閉じるのだけれど、なかなか眠りは訪れなかった。私はだから初めてトイレで出くわしてから、週に数回リビングに居座ることにした。お邪魔している感覚だった私は、奏太に温かい牛乳を入れるという役目でもって居座る口実を作った。そしてお酒を飲めばすぐ眠れるという嘘か真か分からない話を頼りにウイスキーを飲むようになった。良くも悪くも私を眠りへと誘うのが早かった。私は奏太と会話を交わすこともなくすぐに眠ることが大半だった。今日のように何度も奏太の声を聞くことはなかった。私がそんなだから奏太が再び眠りに就くところを見たことはない。目を覚ますと奏太はそこにはもういない。当然か、私は私のベッドで寝ているのだから。

「ん?」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「なんだよそれ」

 私は探偵になった気分で腕を組み、眉間に皺を寄せてみた。私はウイスキーを飲んでそのままこたつで寝入っているわけではなく、ベッドに戻っているんだ。いや、でもこの景色は見たことがある気もする。それなら私は酔った頭でベッドを求め帰ってゆくのだろうか。酔っ払った大人はどれだけ酔っていようとも玄関までは帰ると言うから、私もそういうことだろうか。なんて面白くない推理だろう。私は腕を解いて奏太のほうを見た。

「奏太」

「ん?」

「私って自分でベッドに戻ってる?」

「ううん」

「ううん?」

「うん。お父さんか僕が運んでる」

「そうなんだ」

「うん。知らなかったんだ?」

「知らなかった」

「酔っ払いさんはこれだから」

 奏太は私のお尻の横のほうを足で押した。

 私は勢いよく起き上がり、残っていたウイスキーを流し込んだ。冷たい。

「トイレ」

 私は扉をそっと閉めた。