景色をともに 7
その週の金曜日、女性は言った。
「彼はね、虹が好きなんだって」
「虹…ですか?」
「そう、虹。全く透明で見えなかったものが突然現れるのを見るのが好きなんだって言ってたわ」
女性は、人差し指と親指でアーチを描いた。
「新一さん、虹は好き?」
女性は言った。
「考えたこともありませんでした」
「そっか」
女性は小さく頬を持ちあげてぼくを見た。
「いや、でも、次見られたときは意識して見たいと思います」
「いいのよ、そんな意識しなくても」
女性は笑って手を振った。
「ぼくはこのベンチで、いつも一人で目をつむっていたんです。目をつむると何も見えない代わりに、聞こえてくる音を頼りに、美しい世界を描き出せるんです。そして不思議なことに、彼の本をめくる音はどうしてか、奥の奥のほう、今までは平面でしかなかった世界に奥行きを持たせて、遠くのほうに彼を描かせるんです。耳を澄まさないと聞こえない、時計の針が鳴らすように繊細な音でしかないのに」
ぼくはぼくの声をとても正確に耳にした。
「そうなんだ。彼は本をめくる音、紙がこすれる音が好きだって言ってたわ。気持ちをなだめてくれるんだって。そうだ…」
女性は大きくうなずいてから言った。
「新一さんの、音を頼りに景色を描き出す素敵な方法を、彼に教えてあげようかな」
「そんな大したことじゃないですよ」
「いいえ、大したことよ」
女性は言った。
「彼、もうすぐ見えなくなると思うの」
「え?」
気づけば、ぼくは息をとめて、せみの輪唱を追いかけていた。