深く暗い海底に沈み

精神的に落ち込んだときの記録

景色をともに 1

 ぼくが見ている景色を彼にも見てほしいと願い、それを写真に収めることはおそろしく簡単なことではあるけれど、どうしてそれを見てほしかったのかと問われればそこにこたえはなく、ぼくはただそのときの陽の照りぐあいや吹きつける風の向きなどを思い出しながら、美しい景色だから、とだけ口にするだろう。けれどもぼくはその風景を言葉で再現できるだけの表現力を身につけたいと切に願い、そのためにたとえば一度使用した言葉は枯れてもうつかえないというような制約をかせば、自身を数かぎりない言葉を持つ大木であると信じて縷々と言葉を紡いでゆけるかと考えると、表現力の問題とはべつに、美しいというたった一語の持つ言葉のふくらみの尊さを感じられ、美しい景色だから、とやはり口にするかもしれない。それはその一語で表現したいという願望かもしれない。そもそも彼はどうしてかとは問わないのだけれど、ぼくは彼に写真を見てほしいと願うたびにそうした問いを想定しては、自身が大木でないことをおもい知る。そして同時に大木になりたいと願う。