深く暗い海底に沈み

精神的に落ち込んだときの記録

景色をともに 2


 入学したばかりの頃、ぼくは大学の中庭のベンチに腰かけ、ことりがさえずるのに耳を傾けながらお弁当を食べることが多かった。

 流れる雲のはやい日、ことりはいつもより賑やかにみえた。鳴らない口笛は風に運ばれた。彼らがさえずるような軽快さを、ぼくは持ってはいなかった。誰かを前にするとぼくの口はうまく動かなかった。黙しているときにどういう口のかたちをしていればよいのか分からなくなり、固く閉じてみたり、とがらせてみたり、発音するためではなく口が動くことはよくあった。それにひとりでいるときに頭をかけ巡る言葉なんかも、誰かの前では吹き飛ばされて見つけることができなかった。ぼくがもし彼らのようにさえずることができたとしても、木の陰にかくれてみんながさえずるのをこっそりと聴いているだけだろうと、プチトマトの赤いのを一度ナプキンで拭いてから口にいれた。誰にも見えない破裂を、ぼくは好ましいと思った。

 入学して数週間が経ち、中庭のベンチのひとつはぼくの特等席となった。ことりのさえずり、葉のこすれ、蜂のはばたき、いろんな音を耳にするなかで、その音のするほうを目で追ってしまうと、その音をほんとうに聞いているのか、ぼくが期待して頭の中でその音を流しているのか、よく分からなくなって目を閉じることがふえた。まぶたの裏では、音の鳴るのに合わせてことりや木々や蜂、ときには飛行機なんかも姿をあらわし、そういうものはぼくを寝かしつけた。授業に遅刻することもあった。