深く暗い海底に沈み

精神的に落ち込んだときの記録

景色をともに 5


 週明け、ぼくはキッチンペーパーを敷いたタッパーにいちごを並べ、大学に持って行った。

 お昼の時間、嬉々としていちご色に染まった姪の姿をみつめながらお弁当を食べた。

「彼の友人さんですか?」

 プチトマトを拭いているときに、女性の声が耳に届いた。そっちのほうを向くと、見知らぬ線の細い女性がいた。女性が指す彼とは彼だろうとすぐにわかった。女性は手に二本のビール瓶を持っていた。

「かをりといいます。お隣よろしいですか?」

「あ、はい」

 女性はワンピースの裾を手でおさえながらベンチに腰をおろした。彼と女性、二人の過ごした時間の長さを感じた。その仕草一つでぼくは確信に近いものを抱いた。

「彼は今日、来れないんです。だから、彼にビールを持っていくよう頼まれて、私が来ました」

 女性は手に持っていたビール瓶をぼくとの間に置いた。

「そう言われても、困りますよね?」

 女性は肩をすくめてぼくのほうに顔を向けた。

「私はいいんですけど、ね、友人さんは困惑するでしょう?」

「あ、いえ」

「お名前はなんて言うのですか?」

「中原新一、です」

「そうですか、新一さん、ね。これから彼が来れないときは私が来るかもしれないから、よろしくお願いしますね」

 女性は小さく頭をさげてから立ち上がった。

「あの、彼は今日も本を読んでいますか?」

 見上げた女性は、一度うなずいた。

「そうね、読んでるんじゃないかな」

 そう言って、またうなずいた。

「あの、よかったらこれ、一緒に食べてください」

「きれいないちごね、混じり気のないきれいな赤」

「実家で採れたものなんで申し訳ないですけど」

「何も申し訳ないことないじゃない。喜ぶわ、ありがとう」

 女性の後ろ姿が見えなくなってから、ぼくはナプキンの上に放置されていたプチトマトをそっと口に入れた。張りのあるそれを勢いよく破裂させると、すこし酸っぱいのが口にひろがった。