景色をともに 4
いちご摘むから送ろうか、という母の電話を受けてぼくは、来週末帰るよ、と伝えた。
バスに三時間ほどゆられて実家に帰ると、玄関で四歳の姪が、赤くて光沢のある長靴に足をいれようとしていた。
「あ!しんにいだ!」
と言って立ち上がり、
「しんにいもいちごとりにいくんだよ!」
と、ぼくを押し返したので、ぼくは入ってきた玄関をうしろ向きに出る形になった。
「ぼくも長靴にはきかえたいな」
と言ったけれど、
「わたしがとるからだいじょうぶ!」
と、小さなピースを頬にくっつけた。ぼくはだからその愛らしい手にひかれるままに歩きだした。するとうしろから、
「しーん、おかえり!しおりのこと頼んでいい?」
とお姉ちゃんの声がした。ぼくは振り向いて手をあげた。
「きのう、いっぱいとったからね、もうちょっとしかないんだよ?だからぜんぶたべていいって」
「ママが言ってたの?」
「そうだよ!」
いちごのなるところまでのあぜ道を手をつないで歩いた。昨年は姪をおんぶしながら歩いたのにな、と、しめってあたたかい姪の手の感触から思い出した。
畑に着くと、姪はいちごのもとへと一直線に駆けていった。こぶし大くらいのじゃがいものようないちごを両手で持って、得意げな笑顔を作った。よい表情だと思った。いちごを収穫できた喜びと、それを食べられる喜びと、そのときを誰かと共有できた喜びと、さまざまな喜びがあるのだろうけれど、どんな喜びに成長とともに慣れてしまったのだろうかと考えていると、
「しんにい!たべよ!」
二つの大きないちごを手にした姪の大きな声が聞こえた。
「よし、洗って食べようか」
姪の声に呼応するように大きな声を出そうした。思ったような声を出すことはいつでもむずかしいことだった。
二人でほおばったいちごは、果汁にあふれ甘く、姪の白いシャツの襟を鮮やかに染めた。それから姪は両の手でシャツにでたらめに手形をつけていった。えへへ、と姪が得意げな顔を向けるから、つられて笑い声がもれた。
家に帰ると、お姉ちゃんは姪の服を見て、
「あー、しおりー、またやったのー?」
と、半ば呆れたような声を出して、ぼくを見た。
「ママの分もたくさん取ってきたもんね?」
ぼくは言った。
「うん、そうだよ!とってもおいしいんだから」
姪はそう言って、お姉ちゃんの胸元にとびこんだ。お姉ちゃんは、
「ありがとうね」
と言ってから、
「まずはちゃんと手洗っておいで」
と言った。
汗で湿った姪の前髪を、そっと左右に寄せてあげるお姉ちゃんの姿は、どろどろになって家に着くと、姉がまっさきに玄関に来て、こうして迎え入れてくれたことを懐かしく思い出させた。
「いちごどうやって持って帰る?」
「小さなダンボールに入れて持って帰るよ」
「荷物にならない?」
「バス乗るだけだから大丈夫」
そんな会話を母として、ぼくは実家をあとにした。山道をバスに揺られながら、彼にこのいちごを持って行こうと考えた。ビールに対する小さなお返しとして。また、話のきっかけとして。
深緑に萌える山々の中にある茜色の一群は、いつだってぼくの目を惹きつけた。あの一群から全てが茜色に染まってほしい、または、あの一群を深緑に染めてほしい。そういった、つまらない視線を投げかけていた小さな頃のぼくを、ぼくのその感覚を、長い年月をかけて茜色に染めあげていった。